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脚立の上の王様

主に脚立の上に存在します。舞台照明家のはしくれとしてエンタメ業界の底辺の端っこをちょっとだけ支えています。ふらっと海に出たり旅立ったりします。

スーパーの鮮魚コーナーでメディア芸術について考えたこと

六本木に行ったついでに、新国立博物館に寄って文化庁主催のメディア芸術祭の受賞作品展をのぞいてきました。

 

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新国立美術館ってイメージとかなり違う場所でした。
自由度は高いけどその分、空間や場のもつエネルギーは感じない気がします。
門をくぐって中を回って外に出るまで、びっくりするほどワクワクさせられる感覚がなかったですね。

美術館というより展示場みたいな印象でした。
フラットで主張を感じないところとか。
まあその分展示物を見てくれってことなんでしょうが。

お目当てはエンターテイメント部門で大賞をとったingressというゲームの展示でした。
プレイヤーが地図上にあるポータルと呼ばれるポイントを2つの陣営に分かれて取り合う、世界規模の陣取りゲームです。
実際にそのポイントのある場所まで移動しないとアクションができないところが、ネットとリアルの融合っぽくて面白いです。

で今回は展示会場そのものがゲーム世界のポータルにもなっていたのですが・・・・室内のためにぼくの端末では位置を認識してくれずゲットできませんでした (T-T)

しかし展示の周りではスマホタブレットの画面を見ながらプレイに励むエージェント(ingressではプレイヤーをそう呼びます)が数名。
美術館の中で展示物を見ずにスマホをいじっているのもなかなか面白い光景でした。
エージェントからしてみれば展示物よりもゲーム内のポータルのほうが興味深いのもたしかなんですけどね。

場内にはその他にも「メディア芸術」と文化庁からお墨付きをいただいた作品がたくさん展示されています。
アート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門があるのですが、個人的に興味のあるアートとエンターテイメントを中心に見させていただきました。

いくつか面白い作品や印象的な展示もありましたが、総じてなるほどねー、という感じでした。
新しい技術や思考をいち早く取り入れている面白さは確かにありますが、作品としてのインパクトや新しさがあるかどうかと言われると微妙なものが多かった気がします。

そもそも「メディア芸術」っなんやねんというところもありますが、この手の新しさに主眼をおいたアート作品の印象って、ぼくはずっと昔から「なるほどねー」で変わらないです。
感心はするけど感動はしません。

 

 

帰り道にスーパーによって夕食の買い物をしました。

鮮魚コーナーにいくと「初カツオのたたき」と「とろカツオの刺身(解凍)」が並んで置いてありました。
というか初カツオ早すぎじゃない!?

カツオ(に限らず魚全体として)は保存技術や漁労技術、流通システムの進歩で以前よりも遠くで漁をすることが可能になったと聞きます。
初カツオが食卓に上るのもどんどん早い時期になってきました。

どっちを買おうかしばし悩みました。
値段的にはとろカツオの方がかなり安いです。
そして手に取ったのは冷凍物のとろカツオの方でした。

食べてみて大満足。脂ものってるし味もしっかりしてました。
初カツオは新鮮かもしれないけど多分そこまでまだおいしくないのではと考えたチョイスが正解だったようです。

でおいしいカツオを食べながら、今日の作品展で感じたことって、スーパーで見た2種類のカツオの違いみたいなものなのかなと思いました。

日本料理には「走り」という言葉があるそうです。
本格的なシーズンより少し前に、市場に出回り始めたばかりの食材のことです。
数が少なく値段も高いのですが、季節を先取りして食べるのが粋だとされています。

でもおいしさでいうと少しタイミングが遅くなっても圧倒的に「旬」の食材のほうがいいのもまた事実です。
豊富に出回ってるので当然値段も安くなってます。

そのどちらを尊ぶかというとその辺りはそれぞれの人の価値観なんだろうなとは思います。
ぼくはどちらかというと安くておいしい旬の食材派ですが、走りを楽しむ感覚というのも充分に理解できます。

創作という行為において常に前のめりに走り続けるという姿勢そのものは素晴らしいことだとは思います。
ただ生み出されるものが常にその姿勢と同じくらい素晴らしいかというと必ずしもそうではないでしょう。

そしてパックグラウンドやコンテクストと作品の与える印象と一致しないことは、アートやエンターテイメント全般においてよくあることでもあります。

創作で大事なことはただ作品それだけです。
新しい技術や手法を取り入れることがよいわけではありません。枯れた技術でも古い思想や手法でもなんでもいいのです。
ただ作品そのものが面白ければ。
ぼくはそんなふうに思っています。


第18回文化庁メディア芸術祭

 

音でプレイするスポーツ

先日、日本ブラインドサッカー協会が主催する「OFF TIME」というイベントに参加しました。

ブラインドサッカーとは視覚障害を持つ人がプレイする5人制のサッカーです。
パラリンピックの正式種目でもあり、世界選手権などワールドレベルの大会も盛んに開かれています。

「OFF TIME」ブラインドサッカーの要素を一般の人が気軽に体験できるプログラムです。
ブラインドサッカー協会のサイトによると、目隠しをして様々なアクティビティを行うことで、新たな発見があると書かれています。

ぼくは15年ほどセイルトレーニングという帆船航海の体験学習プログラムに関わってきましたが、自分がいいと思っているセイルトレーニングがなかなか広がっていかないことを残念に思っていました。
そんなこともあって最近、話題になることが多く、企業等との連携も進んでいるこのプログラムがどういうものか体験したくて参加してみました。

 

日曜の午後、会場の体育館に向かいます。
今回は日曜日ですが社会人でも参加しやすい平日の夜にも開催しているそうです。
受付をすませると早速目隠しを手渡されます。
ドキドキ・・。

集まった参加者は7,8人。年齢層はやはり20代がほとんど。
中には大阪から来ている人もいました。
社会福祉やフットサルに興味がある人が多いみたいです。
40過ぎのおっさんはやや浮き気味です・・。

協会側のインターンの学生さん、それとブラインドサッカー日本代表候補選手が参加者に混じって10人でスタート。

まずはアップを兼ねて二人一組で軽く準備運動。
この時点でもう目隠しを使ったプログラムが始まります。

その後10人全員でいくつかのワークをしたあと、5人ずつのチームを作り、そこから目隠ししてブラインドサッカー用のボールを使ったゲームをやっていきます。

細かい内容はネタバレになるのでここには書きません。
興味のあるかたは協会のサイト、もしくはぼくが嫌いなイケダハヤトさんのブログにも体験記が書かれているのでそちらをごらんください。

参加してみての感想ですが、目隠ししてボールを扱うのは予想通りとても難しいものでした。

ブラインドサッカーの使用球は中に鈴が入った特殊なもので、転がる時に音が出るようになってます。
でその鈴の音を頼りにボールを探すのですが、こちらも目隠しして頭の中がごちゃごちゃになっているので、小さな鈴の音を聞き分けることはほとんどできません。

またボールを足元に止めることや止まっているボールを蹴るだけでも、みえないとそうとう難しいです。
一緒に参加して下さった日本代表候補選手の寺西さんなどは何でもないように転がっているボールを追いかけて、足元に止めて蹴りだしていますが、実際にやってみると見てるようにスムーズにはとてもではないけどできません。

 

正直、プログラムのいくつかは似たようなものを他のコミュニケーションやチームビルディング系のワークショップでも体験していたり、自分たちの帆船でやったことがあるようなものではありました。
個々のプログラムは特に目新しいものではありませんでしたが、目が見えないというシチュエーションに特化して構成してあるので、全体を通しての印象はとても強いものになっていたと思います。

このプログラムは初心者向けで時間も短いので、サッカーの試合形式のワークはありませんが、ワークを通して実際の選手のみなさんがプレイを想像させる部分もあり、そうしたところも魅力の一つかなとも思いました。

 

終わった後に今回インストラクターを努めてくださった協会の方と少しお話をしましたが、ブラインドサッカーは音が重要なスポーツだそうです。

試合中にボールが止まると選手がボールのありかがわからなくなるので審判がボールを動かして音をさせることもあるそうです。
また寺西選手によると頭を低くして両方の耳から聞こえる音の差でボールの位置を判断しているとのこと。

実際にぼくも体験しましたが、ボールから聞こえてくる鈴の音は本当に小さなもので、敵味方が入り乱れる中でその音を頼りにプレイするのはすごく勇気がいることだと思いました。

実際に試合中に接触事故で流血というのもめずらしくないそうです。
目隠しして動くと周りの状況が分からないのでどうしても動くことに躊躇してしまう自分がいました。
試合のビデオも拝見しましたが、激しいプレイをする選手のみなさんを素直に尊敬してしまいました。

今は日本でもたくさんのチームが活動していて、地域リーグや日本選手権なども開かれているそうです。
ぼくも試合は当日ビデオでみせていただいただけですが、自分がやってみるとより興味を引かれたので、機会があれば一度生観戦してみたいと思っています。

 

料金は4000円、時間は2時間強。
会場は高田馬場から徒歩15分くらいの体育館です。
それほどハードに動くものでもないですし、ジーンズとかそのレベルの服装で充分に参加できます。

値段と時間に見合った価値のある貴重な体験であることは確実ですので、興味を引かれた方はぜひ参加してみてください。

 


日本ブラインドサッカー協会|Blind soccer


OFF TIME|ブラインドサッカーから学ぶコミュニケーション

 

日常と非日常の境を走る寝台列車

寝台列車が好きだ。

これまでに東京から出雲、長崎、富山まで寝台列車で旅をしたことがある。

長崎や富山への寝台列車はいまはもう走っていない。
東京と札幌を結ぶ、寝台特急北斗星にも何度か乗ったことがある。

その北斗星が今年の三月で定期ダイヤからなくなるというので久々に乗ってみた。
同じように考える人が多いのか、平日なのに車内は満員。

自由業の特権で平日や閑散期の乗ることとが多かったので初めて混んだ北斗星に乗ってみて改めて感じたことがいくつかあった。

パブタイムと呼ばれる、予約なしで入れる夜の時間帯の食堂車もいつもはガラガラなのに満員で入れなかった。
サロンカーと呼ばれるだれでもいられるスペースもいつも満員。
併設のコインシャワーも定員オーバーで売り切れ。
狭い廊下にある壁から引き出すタイプの小さい腰掛けにも大勢の人がおしりを乗っけて、なんとかして車窓からの風景を楽しもうとしていた。

つまりは全体の定員に対してパブリックな場所が少ないのが問題。

個室の人は自分の部屋からでも旅情が楽しめるけれど、そうでない人にとって狭い自分の寝台しか居場所がない。
そうなるとただ窮屈な思いをして一晩を過ごすだけのこと。

寝台特急にロマンやあこがれを感じる人は大勢いる。
しかし実際に乗るにはハードルが高い。
時間や値段から考えれば、寝台列車よりもメリットがある交通手段はいくらでもある。

そんな現状で、がんばって寝台列車に乗った人が果たして事前に持っていた期待を満たされるのか、また乗ってみようと思うのか、そこにはかなり疑問が残る。

とはいえ、限られた空間と時間の中でこれ以上のサービスを提供するのも難しいのかなとは思う。
いままでは空いた時にしか乗ったことがなかったのでサービスに対しての不満はあまり感じなかったのだけど、やはり寝台列車というのは消えいく運命にある乗り物なのかもしれない。

北斗星がなくなる理由としてよく聞くのは車体の老朽化。
一部車両はつくられてから80年近く経つとも聞く。
また新幹線の北海道延伸にともない需要がなくなるという話や、青函トンネルの整備の時間を確保するためというような話も聞く。

またあまり語られないのだけど、朝夕の通勤混雑時に都市圏を長距離列車が通るのは、ダイヤ編正の上で結構めんどくさい話らしい。
そう言われると特に寝台車で東京に向かっている時なんかは、車窓から通勤客があふれる見慣れた日常の駅のホームの風景が現れて、すごく興ざめしたこともなんどかあった。
みんなは真面目に働いているのに自分だけがのほほんとした旅行気分なのが恥ずかしい気分にもなったりした。

思えば今でこそ「あこがれ」や「ロマン」といった非日常の形容詞付きで語られる寝台特急ももともとは日常の世界のものだった。

出張や帰省、就職のために上京。
交通手段がまだ乏しかった時代、寝台列車は長距離を移動するための合理的な手段として導入された。
当時はいまよりも一編成辺りの定員も多かった。当然乗客の快適さや旅情を感じさせる演出などはそこでは二の次の価値観だった。

それが自動車の普及や高速道路の整備、飛行機の料金が下がったことなど、徐々に合理性=日常性を失った。
そしてむしろ旅行者やマニアから一度は乗ってみたいという非日常性を付与されて生き延びてきたのだと思う。

でも様々なエンターテイメントと競合するこの時代に生き残っていくには、寝台特急の実際の設備やコンテンツはあまりにも貧弱だったし、ロマンや旅情だけでは人を集める力にはならなかった。

日常の世界で戦いに負けて、非日常のシンボル的に受け止められて生き伸び、それがまた日常のロジックに負けて退場する。
これまでにもそんな事例はたくさんあったのだろうし、それが世の中の普通なんだろう。

でも、それだけだとつまらない。
このつまらない世界に少しでも面白いものを、夢を、ロマンを、非日常のワクワクするモノたちをみつけていく。
日常に対抗するだけの強さや価値を持って。
たとえムダな努力だとしても、ぼくはそんな風に暮らしていく。
これまでも。そしてこれからもずっと。

 

物語のプレゼント

三年前に「自分の本をつくる」という講座を受けました。
自由大学という社会人向けに少し変わった視点の学びの場を提供している団体が企画するものでした。
本を出したいと思う人たち向けに、自分の内面と対話して自分が伝えたいものはなんなのか、そんなことを探る時間でした。

三年前というのはぼく自身の迷走期でした。
それまでの仕事を休業して次の何かを模索して半年あまりが過ぎ、まだ答えが見つからず悩んでいました。

文章を書くというのは昔からずっと好きなことでしたが、本格的にそれに取り組むことはずっとしてきませんでした。
半年かけて自分の中のものを棚卸しして、見つけたものを取捨選択し、そして思い出した自分がやりたいことのひとつ「本を書く」をもう一度見つめ直してみよう、そういう思いから受講しました。

「自分の本をつくる」は人気のある講座でぼくが受けたのは14期。その後も定期的に講座は開催されていました。
5日間の講義の中で自分のやりたいことをブラッシュアップして、その最終日に自分の作りたい本の企画書を参加者相互でプレゼンします。
先日、その最終プレゼンをオブザーバーとして聴講させていただきました。

9人の方の出版企画のプレゼンはそれぞれの方の個性と情熱に満ちたものでした。
ぼく自身は若い頃からずっと舞台業界で技術者として仕事をし続けてきたせいであまり外の世界のことを知らないので、世の中には様々なバックボーンを持った人たちがいて、いろいろなことに情熱を傾けているのだと感心させられる時間でした。

その中である女性の発した言葉が印象に残りました。
「わたしはこの本を出せないままだと、死にきれないと思っています」

彼女の夢は自分の作品を出版することではなく、若い頃にニューヨークで出会った一冊の本の翻訳したいということでした。

25年くらい前にアメリカで出版された一冊の本。
流行のファッションを追い求めるのではなく、その人に合ったものを身につけることでスタイルが生まれるというようなテーマの本だそうです。

正直その内容については、自分があまり興味のある分野でもないのでそこまで引かれたわけではありませんでした。
ただ当時の彼女がその本に出会いどれだけ衝撃を受けたか、そして自分が味わった感動を伝えたいという情熱がどれだけ深いのか、それは理解できた気がしました。

それは自分自身にもそういうことがあったからです。

講座を聴講するにあたり、最初に講師の方から現受講生の方に簡単に紹介していただいたのですが、そこで「この人は文学賞を受賞したことがあります」みたいなことを言っていただきました。

自分の本を出したいと思う人たちなのでその辺りには非常に食いつきがよく、講義後の懇親会で賞を取ったことに関することをいろいろ聞かれました。
その中で「普段は違う仕事をしながら文章を書くのは大変じゃなかったですか」と質問されたのです。

そしてそれに対してぼくの答えは
「ぼくにしか書けないと思っていたので、書くことが義務だと思っていました」
というものでした。

ぼくが頂いたのは「海洋文学大賞」というものでもう15年ほど前のことになります。
出版社などが作家の発掘のために行っていたのではなく、海事関係の業界団体が海洋文化の普及などを目的に開催していたもので、はっきりいってレベルはそれほど高いものではありませんでした。

その頃ぼくは本業のかたわら帆船でボランティアクルーをしていて、1年のうちの1〜2ヶ月を船の上で暮らしていました。
そのご縁からある年の夏に大西洋を横断する帆船レースにクルーとして乗船する機会があり、その航海期で賞をいただきました。

それまでも何度も帆船での航海は経験していました。
でもカナダからオランダまで大西洋を越えるその航海はぼくにとってとても大切なものでした。
何人もの仲間と一緒に初めての海を越える。
いくつものドラマが生まれました。
そして自分の中にも様々な感情が生まれました。

記憶は風化していきます。
航海したという事実はずっと残ります。
しかしその時にぼくや航海を共にした仲間達が感じたことはあっというまに消え去ってしまいます。

ぼくにはそれがどうしてもガマンできなかったのです。

航海日誌に残された航海距離や針路の記録ではなく、
美しく切り取られた一瞬の写真ではなく、

明るい夏の光に照らされたデッキや深夜の当直の闇の中で、
乾いた風に吹かれたり波頭に踊る陽の光のキラキラを眺めたり、

そんな時間の中で生まれたぼくたちみんなで造り上げたその年の夏が、失われてしまうことが許せなかったのです。

だからこそぼくは書き残そうと思ったのです。
自分にとって、そして一緒に航海したみんなにとっても大切なその夏の記憶を。
ぼくは忘れてしまいたくなかったし、航海の仲間にも忘れて欲しくなかった。

だからぼくはみんなにプレゼントしたかったのです。
ぼくたちの航海の物語を。
そしてそれが形にできるのはぼくだけしかいない、そう思い込んでいたのでした。

能力があるとか経験があるとかそういうことではなく、思いの強さそれだけでも人は普段よりずっと強い力を出すことができる。
ぼくは今でもそう思っています。

幸運のつかみ方

知人に紹介されてある演出家さんと初めてお仕事ご一緒することになった。
これまで全く接点のなかった方でお互い不安なので一度直接会いましょうということになり、先日顔合わせしてきました。

お相手の方は女性で、ご自分で脚本を書いて演出もする。
劇団ではなくてプロデュース形式で一年に一本くらいのペースでこれまで10回ほどの公演を行っている。

プロデュースシステムだと公演ごとに毎回、自分で出てもらいたい役者さんを呼ぶことができる。
作品にあう人や自分が使いたい人を呼べるというメリットはあるのだけど、裏を返せば毎回それだけの俳優を集めなくてはならないということでもある。

今回もそこそこ日程的には詰まってきているのだけどまだキャストは全員は決まっていない。
メインの何人かはもう決まっているけれど、まだかなりたくさん決まっていない役があるという。
「大丈夫ですか?」と尋ねると「台本書きながらそれに合った人にオファーしてるんです」とのお返事。

プロデュース公演だと脚本家や演出家とは別にプロデューサーがいることが多い。
演劇作品を作るにあたってのクリエイティブな部分と事務的な部分、その両方ができる人はそんなにいないので役割分担するためだ。

キャスティングのための交渉。リハーサルスタジオの確保。スタッフを集めて各セクションとの予算交渉。宣伝のためのツール作り。チケットの処理。
一本の演劇公演を打つためにやらなくてはならない事務的な作業はかなり多岐に渡る。

しかし今回の企画だとそれらのすべてを脚本・演出家でもある彼女が全て行っている。
かなり大変な状況なんだろうということは容易に想像できて、正直頭が下がる。

実は今回の作品にはかなり有名な俳優さんも出演が決まっている。
その俳優さんは過去にも二度、出演していてくれて今回が三度目。
はっきり言って、プロジェクトの規模とかから考えると出てもらっているのが不思議なレベルの方。

主宰の彼女がテレビの脚本とかも書いているらしいのでそのツテなのかと思い、打ち合わせの時にちょっと聞いてみたら意外なお話が聞けた。

彼女は昔からその俳優さんの大ファンだった。
ある時、自分の公演のための脚本を書いていて「この役はどうしてのあの人にやってもらいたい!」と思ったそうだ。
だけどその人とはなんのツテもない。

どうしたか。

いたってシンプルにその方が所属する事務所に連絡して脚本を持ってマネージャーさんに会いに行ったそうだ。
誰かに紹介してもらったワケでもなんでもなく、ただ自分の思いをぶつけてみた。
そうしたら出演OKをもらって、さらに一度だけでなくそれからも出演してくれつづけている。

業界のはしくれで仕事をしているとこの話は小さな奇跡だと思う。
もちろん、先方には先方の事情や理由があり、そこと彼女の持ち込んだ企画かうまくかみ合ったから出演が決まったのだと思う。
とは言え、結果を勝手に決めつけず、自分の思いを実現するために動いた彼女の真っすぐな行動なくては、絶対に起こらない奇跡だった。

自分の思い。それを貫き通す意思。
それを大事にする人しか幸運の女神は微笑まない。

「あんな曲は誰でも作れる」と聞いて思ったこと

ゴーストライターが作曲をしていた事件でいろんな人がコメントしている中で気になったのが、クラシック系の音楽関係の方で「交響曲なんていうのはキチンとしたクラシックの素養があれば誰でも作れる」という主旨の発言をしていた人が何人か見受けられたこと。

それは「ゴーストライターだった方は現代音楽の作曲家として優れた人で、交響曲の作曲などは所詮余技。本人にとっては軽い気持ちでやったことでこんなことでの評価は揺るがない」という感じの文脈で、ゴーストライターだった方を擁護するためのロジックに使われていた。

 

今回の件についてやゴーストライターを使うことがいいか悪いかとかその辺りの話は置いておくとして何となくひっかかったのは「誰でも作れる」という発言について。

他の分野の創作ではあまり聞かない言葉のような気もするのですがどうでしょうか?

 

その分野の最先端で尖った活動をしている人が、売れてるものを通俗だと批判することはままある気はします。

しかしそれが「誰でも作れる」という方向性になることは少ない気がするんですよね。

 

自分が比較的よく知る、舞台芸術の世界でも他人の作品を批判することは多いけど「誰でも作れる」という批判の仕方はあまり聞いたことがない。

小説の世界でも例えばライトノベルなどを「通俗的で大衆迎合しているから、文学的素養があれば誰でも書ける」というロジックで批判しているのはあまり聞いたことがない気がする。

 

実はこの事件の公になるちょっと前に、即興ミュージシャンの方とお話をしていて似たような話をされたので余計にこの言葉が気になっています。

その方は「売れる音楽なんて簡単に作れる。そんなのじゃなくてもっと誰もやってないようなアートとしての音楽をやってるんだ」というようなことをおっしゃってました。

 

バックグラウンドやシチュエーションは全く違う中で語られた言葉ですが、その根底には何か共通の感覚があるような気がしました。

ぼくは音楽業界にはほとんど見識はありませんが、これらの発言を聞くと、いわゆる「いい曲」を作るためのメソッドは確立されているという考え方は、音楽業界で仕事をするしている人の中にはある程度共通認識としてあるのではという気がしました。

 

即興ミュージシャンの方と関わったのは、演劇、ダンス、音楽の即興プレイヤーが集まってのライブにスタッフとして参加したからでした。

その時もそれぞれの分野で「即興」という言葉の捉え方にかなりの違いがあるとは感じていました。

ぼくはどちらかというと演劇よりの人間なので、ミュージシャンの語ることに面白いと感じたり共感する部分もたくさんありましたが、かなりの違和感も拭えませんでした。

 

ぼくが漠然と感じたのはプレイヤーの立ち位置として、演劇やダンスは自分たちがいま行っていることに意味があると疑わないのに、音楽というジャンルは大抵のことは過去にプレイされていて、それをなぞるだけでは意味がないと思っているということでした。

 

実際にそれがどうなのか。

音楽というのはそこまで枯れたジャンルなのか。

演劇や身体表現はまだまだ枯れてないのか。

あるいはジャンルの特性がそれぞれそう感じさせるのか。

この辺りはぼくにも分かりませんしすごく繊細な話で人によって感じ方は違ってくるとは思いますが。

 

まあそんなこんなでゴースト作曲家の方にも興味を持ったので何曲か動画を探して聴いてみました。

ぼくにとって彼の曲は「よくある現代音楽」の曲としてしか受け止められませんでした。

ずいぶん前から、なんども聴いたことがあるような、そんな音楽としてしか聞こえませんでした。

 

といっても、仕事柄人よりは現代音楽を聴く機会は多いですが、それほど知識や経験があるわけでもないのでぼくの評価に意味があるとも思いませんが。

ただ一点、引っかかったのはぼくが見たものに関しては全て既存の楽器が使われていたことでした。

これまでに築かれてきた音楽理論を越えた新しい表現を目指しているのならなぜ、何百年も前に発案された楽器を今でも使ってるのか、そのことがぼくにはピンときませんでした。

 

ぼくがお話をした即興ミュージシャンの方によると、即興系やノイズ系のミュージシャンの間では、オリジナルの楽器を作ることがもう普通になってきているとのことでした。

実際に彼はご一緒したライブでは音楽の演奏とVJを同時にやっていたので、それがやりやすいようなシステムを自作していました。

また今はレーザーギターという演奏するとレーザー光がそれに合わせて変化していくという楽器(?)を作っている最中だそうです。

楽器メーカーなどもそういう流れには好意的で、有名なミュージシャンが面白いコンセプトを出してくると、メーカーが開発に協力するケースも多いそうです。

 

そんな話を聞いていると、元々よく分からない現代音楽というものが、ちょっとは分かってきたような、ますます分からなくなってきたような、あやふやな感じになっていまいますねえ・・。

真の遅筆

竹内結子、三谷幸喜の遅筆ぶりに苦言! | RBB TODAY

という記事を読んだのですが、まあ、こんなものでは遅筆のうちには入らないというかなんというか、よしひとつオレが本当の遅筆というものを教えてやりますよ。

 

もう鬼籍に入られましたが○上○○しさんという遅筆で有名な作家さんがいらっしゃいます。
遅筆にまつわる様々なエピソードはすでにいろんなところで語られていますが、これはぼくが同業者から聞いたお話です。

あくまで人から聞いた話ですし、ググっても具体的なネタ元は出てこなかったので話半分に聞いて下さい。

 

ある公演で台本が間に合わず初日が飛んでしまったことがあったそうです。

その後しばらくして無事に台本が上がり、数日遅れて舞台の幕は開きました。

事情に詳しくない人にも想像はつくと思いますが、公演が中止になるというのは制作側としては大事件なわけです。

あちこちに緊急告知をしたりチケットを払い戻したりと、劇場や制作さんなど関係各位はいろいろ大変なわけです。

 

さて無事に公演は進み一ヶ月ほどの公演期間も終わりに近づいてきたある日、劇場の支配人さんの元に井○さんがご挨拶にみえられたそうです。

「このたびは台本が遅れてしまいまして・・」

支配人さんは当然「ご迷惑をおかけしました」見たいな言葉が続くと思いきや、

 

「おかげさまで時間がたっぷりとれて、いい芝居が書けました」

と、おっしゃったそうです。

 

実際にいい作品だったらしいんですけどね・・

もはや一種の芸ですね〜  (*´д`*)〜з

 

他にも、稽古期間が始まったが台本がないので、役者たちが勝手に誰かが持ってきたシェイクスピアの稽古を初めたら案外いい芝居に仕上がってしまい、せっかくなので二週間後稽古場にスタッフや関係者を集めて発表会をやった、という心温まるエピソードも聞いたことがあります。(これは誰かのエッセイで読んだ気がする)

 

当代で遅筆といえば○○○ー○・○ン○○ヴィッ○さんですが、さすがにまだ井上さんの「遅れ芸」の域には達してないですなあ・・。
(とばっちりが届く射程距離内で仕事をしているので、個人的には達して欲しくないけど)